湯田孝次ドットコム (経営と教育の総合コラム)

「経営・営業・教育・イベント」を軸とした日記総合コラム。独自の営業力と経営力を醸し出す。 やる気にさせる魔術師 -------------------

湯田孝次の介護日記 2017−1月編

yuda昨年末同様、今回も「三叉神経痛」が起きてしまった。

資料によると、この病気は毎年11 月から3 月にかけて発病するようだ。今回は昼夜かなり強い激痛が伴い悲鳴を上げて泣いていた。不幸にも金〜日曜日に発病したものだからこの間食事も取れない状態が続いた。月曜日に薬が届き、ようやく落ち着き始めたが今度は脱水症、血液濃度が濃くなり心臓の鼓動が150 回/分という速さだ。脈が取れない。即座に医師と看護師が対応してくれた。今はもとの元気に戻って、いつもの大きな声で「ひとり言」を言い続けている。

「三叉神経痛」とは、そもそも脳の錯覚。強く刺すよう激痛が顔面を襲ってくるもの。今回は風邪による発症と思われる。( 脳錯覚の始まり)

 
nikki201610_1近頃、深夜トイレに行って帰ってこれなくなり「コージ!!コージ!!」と大声で起こされることがしばしば。ちょっとつらいが頑張って迎えに行くと「ここは、どこだ?」と。トイレまでの距離は10m ほど、白線は引いてあるのだが………トホホ。







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 悔いの残らない人生にするために 湯田

親の面倒は、長男がするものという変な世間常識。
私にとっては大好きな両親、しかし、次男で生まれた私は故郷を離れなければならず、両親とは共に暮らすことはできなかった。
父親が他界したとき、「あれをしてあげれば良かった。こうしてあげれば…」と悔いて悔いて泣きじゃくったものだ。
高齢化は母の自力方歩行を困難にし、認知の発症もはじまった。
母の介護と看取りもしたいと兄と相談。了解を得た。
そして、その為の在宅療養が出来るチームスタッフを集った。
まずは母の看取りを可能とするために、ひとり一人の人生に、正解はないかもしれません。
でも,私が見つけた答えを皆さんにも知って頂きたいのです。


 

湯田浩次の介護日記8月編

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天気の良い日は外でリハビリ体操。 最近すっかり元気、会話も弾み、笑顔が見られるようになった。おかげで日常生活が、明るくなった。 しかし、夜中になると相も変わらず徘徊と独り言。
「子供の夜泣きと思って下さい」とは看護師からのアドバイス。なるほどと納得し、気を治める。
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7月28日は私が主催する「朋遊館ライブ」。ショートスティに預かってもらうとしたが駄々をこね出した。
おとなしくすることを条件に出したら、自分だけが外されることを敏感に感じ取ったみたいで5時間も座って黙って聴いてくれたのには驚いた。疎外感には敏感に反応する。「俺も、私も」の意識は、むしろ本能的だ。

日々の生活で一番気を付けているのが便秘。激しい苦痛が伴う。緊急看護を要請し摘便をしてもらう。会津では便のことを「ばっこ」と言う。久しぶりの言葉だ。
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湯田孝次の介護日記 10月編

yuda◇大正12 年生まれ93 歳、昨年の夏頃は歩くことも困難になり、認知度も高く絶望感もしばしば。
涙するときも。更に、今年の正月は容態が悪化し1 週間にも渡り意識混濁と、オムツの糞尿から膀胱に細菌感染と………………。菊地医師と牛井渕看護師の懸命な支えのもと、徐々に回復。




nikki201610_1◇4月から藤川理学療法士によるリハビリが始まった。最初は嫌がっていたが彼の強い情熱的な意志が徐々にお袋の心の中に浸透し、頑張り出した。「死にたい、死にたい」とこぼしていたお袋が、今ではリハビリ時間を楽しみにしている。右の顔写真が、全てを物語っている。リハビリするときの表情だ。目が生きている。笑うときが多くなり、そんなとき私は幸福感に包まれる。最近は怒られることも増えた。夢の中と現実の境がマバラだけに、そんなときは怒られてあげる面白さを得た。例えば「区長に承諾も得ないで勝手に工作するな」とか「オガが来
ているから探してこい!」とか。オガとはお袋の母親で30 年前に他界している。そんなときはトイレに行って戻ってから「探したが居なかったぞ」と告げると「変だなぁ」と言って納得する(笑)

◇リハビリとは心と身体にあり。対話ケアーと運動リハビリは驚異的にさえ思える。ありがたいことだ。寝たきりになったら次々と病魔に襲われて先が無くなってくるから今の状態は信じられないくらいだ。

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便秘が無くなり、オムツは汚れなくなり、自力で歩行が出来る用にもなってきた。危ないと思って手を指しのべると嫌がるようにもなってきた。昼夜逆転と徘徊は、当たり前になっているので今では配慮が出来、ずいぶん慣れてきた。俺とは余り話さないが、来る看護師さんとは相も変わらず昔の苦労談貧乏談を自慢げに語っている。しかもハキハキと元気一杯に。

リハビリ風景(動画)

湯田孝次の介護日記  6月編

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在宅療養の勧め
・5月19日、93歳の誕生日を迎える。そうか母が30歳の 時に俺を産んだのか、会津の山間の村、戦後の極貧の中で…、と思
いを巡らした。明けも暮れても昔の苦労話。 もう、幾百回聞いたことだろう。しかし、母にはこれしか無いのだ。深夜時々「おがーん、おがーん!!」叫ぶときがある。幾つになっても自分の死んだ母親が出てくるようだ。

・時々「何にも出来ないで、ただ迷惑ばっかりだから死にたい」「生きていてもちっともおもしろくね、だから死にたい」とこぼす。気持ちがわかるだけに俺もちょっと切なくなってくるときが有る。そんな時は「笑顔を見せてくれ、お袋の笑顔が一番嬉しいんだ。だから、健康で長生きしてもらいてぃ」と言うと「そうが」って顔を明るくする。自分の生存の無意味さを実感する瞬間だ。寝床で、おもらした時、便が出ず苦しいとき、多くこぼす。obaatyan
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・看護師の牛井渕さん、リハビリの藤川さんが治療のさなか会話をしているときが一番生き生きとしている。その様子に涙が出るほど感謝の念に包まれる。対話ケアーが、いかに重要で大切なものかと痛感する。kaigo-3
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・俺の寝室にはパソコン映像でおふくの様子を見ることができ深夜の異変には迅速に対応出来る。

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週間費用 12,254 円 ×4週=月間費用
月2回の訪問診療 3,300円〜5,700円
月のお薬代  1,200円
月額 52,000〜5,500円程度

湯田孝次介護日記 3月編

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在宅療養の勧め

湯田孝次食べていくことすら困難を極めた、あの戦後に生を受けた昭和20年代生まれの私たち世代。 自分の食べるものを減らしてまで子ども達に食を分け与え育ててくれた親たち。 今日、介護無しでは独力で生きていけない年令となってしまった。
親の苦労を知っているだけに、何とか親孝行をしたい、幸せな老後を送らせてあげたい、という願いのもと在宅で療養生活を送っているのだが、認知症は、そんな愛情に如何ともなく挑み続けてくる。


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「お袋さんが外で倒れているよ」
 
一晩中、騒ぎ続け、こたつ布団はひっくり返し、糞尿は垂れ流し昼と夜の逆転だ。
2月下旬は状態も平静を保ち、陽気が暖かくなるにしたがい日々の安らぎも出始め、安堵感が漂う。しかし3月の中旬ともなると、外は春の雰囲気。日々リハビリを行ってきたせいも有ってか自力歩行も幾分可能となってきた。

喜んでいた矢先3月22日の明け方睡眠中に電話が…「お袋さんが外で倒れているよ」
自宅の中には歩行器も車イスもある。呆然とした面持ちで未だ暗い外へと現場に向かった。
顔面から血を流して倒れていた。
「山菜採りに、山へ入って崖から落ちてしまったんだ。良くここがわかったなぁ」と、憮然とした顔。これが、いわゆる斑(まだら)知保症かと認識させられた出来事だった。

油断していたなぁと反省し、今後の自宅療養に更なる注意を心に刻んだ。ただ、何かあるとお医者さんと看護士が待機しているという安心感がある。即対応してくれるからだ。

今この文を書いているさなかは平常にもどって、相撲を見ているが、本人は、この事変を全然覚えていないと言う。リハビリ効果は高く、糞尿がコントロールできるようにはなってきた。
トイレまで漏らすことは無くなったのが嬉しい。

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在宅療養を受け入れていくためには

診察をする菊地医師医師・看護士・介護士・ケアーマネージャー・ディーサービス・ショートステイ・ヘルパー・歯科医と多くのスタッフで連携しチームを組んでいかねば、安易では在宅療養は出来ないことを日々実感。
余りにも個人負担が大きいため、チームのスタッフには感謝の気持ちでいっぱいです。

ただ生きながらえているだけで「お迎え」が来る日を漠然と待っているだけのお袋の顔から笑え声が溢れると気持ちが癒やされる。チームスタッフの笑顔提供とはずむ会話には頭が下がるおもいだ。
ありがとうございますと感謝できる気持ちに幸福感を覚える日々を送れています。
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湯田孝次介護日記 1月編

kaigo-04年末から、三叉神経痛用の薬を 投与したら、様態が急変。意識が混濁し正月の三日間は完全付き添い。飲食も取れなくなったため 点滴で対応。牛井渕看護士と菊地 医師が休みを返上して、
対応してくれた。有りがたいことです。
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歯ぐきの痛みとなる三叉神経痛 は関口歯科医におまかせ。
原因は脳梗塞の後遺症。

正月5日、ようやく認知が可能となったが、この間、認知の出来ない寝たきりだったため汚物から雑菌が膀胱へ、大量の血尿が、そのため1時間おきにおむつ交換とトイレへ。24時間体制で(ちょっと、つらかった)。血を止めるために血液サラサラ薬を一時中断血栓と梗塞、それと寝たきりによる歩行困難の心配が…。でも、育ててくれた親への恩返し、全力を挙げて最後まで介護はやりきる覚悟今日15日は、様態も安定。意識もしっかり言葉にも力がこもってきた。

来月からリハビリ専用の理学療法士;藤川さんが入社予定。
陣容が少しずつ集まって、整ってきた。「在宅介護は地域のチームワークで」が私の夢
少しの負担で在宅介護が出来るために、まずは私自身からいろいろと経験・体験していかねばと頑張っています。

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湯田孝次 介護日記 開始

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施設から母を引き取り、12月1日から始まった新生活当年御年93歳食事は社員と共に散歩は欠かさず毎日、そして医師、看護士の健康チェック&リハビリ、そして口腔ケア。薬は届けてもらっています。快適な生活に「病院と同じだ」と満足している様子。

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心身の安定も有ってか健康状態は私よりもはるかに良い状態。 
深夜の尿も最初は8回もあったが、今は2から3回程度。今は下剤と胃薬と睡眠薬の三種類と薬を極端に数を減らしています。(薬害があったように見えたので)認知の進行は止まり、自分の力で歩行が出来るまで回復しています。


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出来るだけ余生を幸せに送れるよう、皆で努めて会話をし続けています。 
託児所ならぬ宅老所という感じで介護を行っていきます。

2012 夏野外ライブコンサート

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ゆだ大須賀バンド

今や恒例となった感のする夏の「朋遊館」音楽ライブ。
常連客も定着し始め、年々、開催が楽しくなってきた。
(開催する理由=コンセプト?)
 何かをやらないと出会い無い、何かをしないと繋がらない、何かを…。それが朋遊館の音楽ライブ。
 何らかの機会で出会ったり、繋がったりした人達と、縁をたぐり寄せるための年一度の大饗宴。だから一人一人が、かけがいのない財産。「出会いの数だけ夢が有り、出会いの数だけチャンスが有る。」モットーに、NPO法人「朋遊館」の幸せ追求活動です。
正面

今回は、永遠の青春譜「フォークソング」特集をしっかりと、タップリと披露し、聴衆には口ずさんで頂きながら、叙情歌有り、懐メロ有り、80年代のヒットメドレー有り、手話を交えながらの歌声ライブ調に。周知、熟知した曲目で、飲食の酒も加わり、まさに大饗宴風となった。
年に1度は、こうでなきゃネ。   (^_^)v(^_^)v
演奏


出演奏者  大須賀ひでき(ギター)
        玉木浩治(ギター)
         まどかまるこ(バイオリン)
        たぬ(ベース)
音 響     渡辺良弘(フリーダム)
食 事     榊原会館
統 括     湯田孝次
【曲】翼を下さい/夏の思い出/おばあちゃんの半天(大須賀)/かたぐるま(大須賀)/異邦人/関白宣言/青葉城恋歌/YMCA/女ひとり(デュークエイセス)/いい湯だな(デュークエイセス)/フォークメドレー(湯田)/みかんの花咲く丘/誰か故郷を思わざる/命の歌/積み木遊び/夏椿(デュークエイセス)/雪のように(手話付き)/曼荼羅の夜(大須賀)/木曽節(民謡)/他、割愛

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2012年5月に終了したイベント

過去のイベント
5月25日
歌声ライブパーティー
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デューク・エイセスのメンバー、大須賀ひできさんを迎えての歌声ライブパーティー。
地元で音楽を楽しむ人々が楽器を持ち寄り、演奏をし合いました。生演奏をバッグに、みんなの歌声を響かせました。次回は歌の好きなあなたもおいでください。

5月25日〜5月28日
提橋景湖作品展&パーティー
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5月30日
第11回UFGゴルフコンペ

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ゴルフコンペのもうひとつの楽しみである「AFUTA GOLF」
(ゴルフ終了後の懇親会)
今回は、中近東のベリーダンスを披露しました。
※次回は、10月24日開催予定。が好きなあなたぜひご参加ください!




朋遊館では、隔月にイベントを開催しています。お気軽にご参加ください。
また、朋遊館では、施設を基本的に無料でお貸ししています。飲み物が必要な時のみドリンクバー(フリードリンク制1人500円)をお使いください。
イベントに参加するも良し、ミニコンサートやセミナーを開催するも良し、私的公民館のようにお使いください。


TEL 0287-63-3600 湯田まで

湯田孝次

<誕生年>1953年(昭和28年)
<出身地>福島県南会津
<職 歴>
■23才〜<東京> 
 (出版)月刊アパートマンション情報(編集)
■25才〜<栃木>
ライフアップ情報社(編集長)
 (出版)月刊タウン情報誌の出版編集
■30才〜<栃木>
 (株)ライフアップ学習室(塾長)
 (教育)小学4年〜高校3年を対象とした学習塾
■35才〜<東京>
(株)放送教育研究所 (室長)
 (教育) ラジオ局を媒体としたラジオ放送塾
■40才〜<栃木>
(有)パストラルファーム (園長)
 (農業) 観光農園パストラル・ハーブ・ガーデン那須の運営
■50才〜<栃木>
(株)栃木トランスネット(CEO=経営責任者)
 (運送) 酪農家からの集乳を専門とする運送業
■56才〜<栃木>
NPO法人朋友館(理事長)
 (福祉)高齢者対策事業と広報誌の編纂

**経営コンサルタント;経営アドバイザー**

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