yuda-katsyu長かったようで短かった介護生活。
たった今永眠した。4月10日、享年94歳。

3月11日娘が九州から帰省したときは一緒に食事が出来ていたが3月24日から様子がおかしくなってきた。

 

表情が全く無くなり、続いて軽い肺炎を起こしたが早期治療し3日で回復、しかし依然無表情は続いていた。「ぐれているんだ」とジョークを言いながら様子を見ていたが電話で兄に相談。 3月28日その兄が思い出の品を持って来てくれて喜んでいる様子にホッとしたのもつかの間、次の日からは、トイレに行かなくなり嫁を困らせていた。仕方が無いので俺が自分で糞尿の処理とオムツの交換をし始めた。 4月に入ると、とてもリハビリが出来る状態では無くなり、ただじっと座っているだけたまに発する言葉は意味不明となり息子の俺でさえ理解不能となってしまった。 ちょっと席を外しただけで「コージは?」と探し回り不安がっていた。
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そして4月9日の朝6時、うつぶせで寝ていたので、やれやれと思って寝床まで運ぼうとと抱きあげると、やけに思い。そして無反応。一晩中徘徊していたので爆睡しているのかな?と思って、しばらく側に居てあげたのだがam10時頃からイビキをかき始めたので急変にようやく気づき看護師と医師に電話コールをした。10分ぐらいで到着。「重大なる脳梗塞」と診断。いつかはこんな日が来るとは覚悟はしていたが、いざその瞬間を迎えると涙が止まらい。寝ているんじゃ無く、意識の無い昏睡状態だったんだ。


午後2時、命が持たないことを実感し、兄弟親戚に「命のある間にお別れを」と伝えると明日の朝一番に来てくれることとなった。夜10時、孫にあたる千春が宇都宮から駆けつけてくれた。看病を交代し少し休むこととなった矢先、「呼吸が止まった!」と叫びだし心肺蘇生を試みるも、あの世に飛びだってしまった。深夜の2時うしみつどきの刻だ。永野看護師&菊地医師の処置は朝4時まで続いた。そして今この文章を書いている。俺の宝物が消えてしまった。あっという間の出来事だった。

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