yuda05


この写真が晩年の母の在りし日だ。思い起こせば死期を悟ったかのように俺の傍を離れようとしない。ただジーッと黙して座っているだけ。おしゃべりだっただけに、違和感すら漂っていた数日後、脳幹梗塞を発症。

4月10 日深夜2 時頃、呼吸停止「お迎えが来てしまった」。涙があふれ、こらえきれなかった。


母の死を看取るってことは自分の感情全開にして全身で受け止めるということなんだ。感謝の涙であり、生からの卒業の涙であり、母の思いを確信する涙であり、超複雑で、なんとも形容の出来ない涙であった。私の全身から涙があふれた瞬間だった。
葬儀には母から受け継いだ遺伝子達がいっぱい集まった。兄弟達、孫達、曾孫達総勢40人を超える。いっぱい、いっぱい遺伝子を残し、今度は仏様の花嫁になるためにと花嫁衣装であの世へ送り出した。
sougi

思い返せば「親を看取る」(別称:ターミナル)ことは私の悲願でもあった。
親孝行は80 点ぐらいだったような気もする。一応の満足感があり、そしてまた少しだけ角が取れ丸み帯びたような気がする。周囲にも感謝の念が深くなった。



在宅療養は、なかなか大変だったが、全く異次元の幸福感というものもあった。在宅にてターミナルまで介護できたことは、医師、看護師、理学療法士、そしてケアーマージャーの存在は、とても有難かった。施設では「家に帰りたい」「家に帰りたい」哀願していたお袋。私の元で暮らし始めてからは「ここは病院と同じだぁ」と満足げ、自分をよく知っている人や場所での暮らしに優る生活は無い。そんな自己価値観を抱きながらの3年間の暮らし艱難辛苦のお袋の人生の中で安らぎを覚えてくれていたのならありがたい。
〈合掌〉